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四つ葉の葵

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詩と心のお部屋です

夢見るダイアモンド Another side ①

炭素とは実に不思議なものだ。
偶然が重なることで、ダイアモンドになれるのだから。


「とにかくさ、弘喜聞いてくれよ。もう俺だって部長にはウンザリしてんだから」
いつもの駅前にある小洒落た居酒屋の座敷席で、2杯目のビールに口を付けようとしている最中に、同僚の淵崎が首元のネクタイを緩めながら、ずいっとこちらへと身を乗り出した。
「聞いてるって。お前の悩みなんかお見通しなんだから」
やれやれと小さく首を傾げてから、2杯目のビールを勢いよく飲み込む。
その相槌は肺の奥から搾り出した溜息として返ってきた。
「お前はいいよなぁ。部長に気に入られてるし、仕事だってやりやすいだろ? でも俺みたいに噛み付く番犬みたいなタイプはウザがられるのさ」
「だったら噛み付かなければいいだけの簡単な話だ、うん」
淵崎は自己主張がとりわけ強い。裏を返せばそれだけ融通が利かないという事になる。
だが決して強情というわけではなく、ただすぐに声や行動に出してしまうだけだった。そのため、彼の上司になる人はいつも眉間に皺を丁寧に寄せてくれる。
「俺にも感情ってモンがあるっての。感情を無くしてまで仕事をする気はないしさ。なぁ、分かるだろ?」
「だから一緒にこうして飲みに誘ったんじゃないか」
すっかり染みこんで溶けてしまいそうな揚げ出し豆腐を箸で切り分ける。
淵崎は不意に何かを思い出したように、
「昔は良かったよなぁ。ほら、まだアイドルが居た頃だよ」
視線が僕の斜め上を見上げている。
「アイドル?」
「佐伯さんだよ、忘れたのか? あの頃、誰が佐伯さんとデート出来るかって、皆して張り合ってたからな」
「佐伯さんか・・・」
3分の1ほど減ったビールを、今度はゆっくりと飲み下した。
「弘喜は佐伯さんにいつも可愛がられてたからな。ひょっとしたらもう『できて』たんだと思ったんだけど。でも結婚したのは違う人だったしさ、お前が一番ショックを受けてそうだったが、なんかそうでもなさそうだな」
僕は口の端を緩めた。
「いつもからかわれてただけだよ。早く伝票を渡してこいとか、小銭が無いからジュースおごってとか、なんかしょっちゅう言われてた感じだけどね。でも・・・」
でもショックだったよ、と言いだしそうな口を、僕は慌てて塞いだ。いくら酒の席だからといっても女々しくはなりたくなかった。今日は淵崎の愚痴を聞く場所として一席設けたわけだし、ここは彼の話を聞いていようと思った。
「でも、なんだ?」
「・・・・・・でも、後に入った子に比べたらずっとマシだったな、ってね」
「そうだな。アレは酷かったもんな。もう名前も覚えてねぇけど」
一杯作ってやるよと、僕は淵崎のグラスに氷と焼酎を、そしてウーロン茶を注いだ。彼は枝豆を食べた塩付きの手で「サンキュ」と受け取った。
佐伯さんか。すっかり忘れてたな。確か下の名前はミサだったっけ。
端正な顔立ちをした女性だった。とても感受性が強いらしく、喜怒哀楽を表情だけでハッキリさせていた人で、少し男勝りな一面があった。でもそれも彼女の魅力のひとつだった。
3年前に辞めると知った時に、僕は彼女が既に結婚していたという事実を知った。きっと環境が変わる事を恐れていたのかもしれない。そこがきっと彼女の女性らしさなのだろう。
「まぁアレも酷かったけどさ、次に入った子は逆に真面目すぎて面倒くさかったよなぁ」
「淵崎。昔の事はともかく、今日は部長の事で呑みに来たんだから、遠慮なく言ってくれよ」
「そうだったな。それでさ・・・・・・」

終電間際になって、僕らは解散した。
今夜は少しばかり空気が冷えている。
「いい酔いざましにでもなりそうだ」
誰に言うわけでもなく呟き、煌々と輝く満月を見ながら、僕は久しぶりに徒歩で帰ることにした。






※この物語は二次創作です。全ての著作権はkyoさんのものとし
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by aoi_samurai | 2011-02-24 02:04 | 小説・物語

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