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四つ葉の葵

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詩と心のお部屋です

夢見るダイアモンド Another side ③

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「それではプレゼンテーションを始めます。今回私が着目したのは『オンライン・ショップ』--いわゆる通信販売についてです。まずは街頭でのアンケートの結果ですが・・・」
会議室の一番目立つ場所に僕は立ち、自身のノートパソコンと連結させた、天井側にあるテレビモニターに画像を映し、指示棒を片手に解説を始めた。
ソフトは従来通りに『PowerPoint』を使っている。プレゼンと言えばこれしかない。時間配分等のシミュレーションも何度か練習した事だし、あとは結果を報告して企画作りへと流れを運ぶだけだった。
「学生・社会人のリピーター率は高いのですが、実は主婦層でのリピーターが驚くほど低いという結果が分かりました。金銭管理能力が高い主婦層の購買意欲をどのように向上させれば良いか、3点ほど具体例を挙げてみました」
棒グラフ、円グラフに続いて3点の箇条書きの画面へと切り替わる。
「主婦といえば貴金属や宝石に目を奪われがちですが、最も購入しているものは食材です。更に優先度的には高級食材ではなく、ご当地の特産物に対して購入意欲が高いという事が分かりました。ですので今回は特産物を中心に考えて、範囲や流通経路、そして最後に価格についてといった流れでご報告申し上げます」
プレゼンをする際に重要なのは、画面の見た目やグラデーションなどの配色ではなく、いかに重要な部分を協調するかだ。入社して間もない子は大抵見栄えを良くしようとするが、それでは実際に何を伝えたいのかといった肝要な部分が見えてこない。PowerPointというソフト自体は開発チームに美術・芸術家が居ることもあって、画像に重点を置いているため、こういう誤解が生じやすい。詰まるところ、シンプルで良いと思う。
僕は範囲として更に4県ほど拡大し、石油価格高騰による流通経路の再検討や、中間マージンを徹底的に省くことの必要性から具体的な方法までを足早に説明した。そしてもう一つ付け加えるように、購入が控え目な貴金属や宝石類に対する価値観や視点をどのようにして変えれば良いか、主婦だけを対象にしたアンケート結果を報告した。
「実は私の叔父が彫金師をしておりまして、貴金属や宝石に関しては私自身のルートで開拓出来るのではないかと検討しております。来月、駅前のデパートの催事場で宝飾市が開催されますので、タイミングとしては申し分ないと思います。以上をもちまして、プレゼンを終了致します」
固く重々しい空気がゆっくりと雲散霧消されていくのが分かった。今回のプレゼンは先鋭的なものではなく、もう一度基礎から見直していこうといった、保守的な案に近い。そして実のところ一番の目的となるのは特産物ではなく、宝飾関係に対してだった。幼い頃から大変お世話になっている光太郎叔父さんに対して恩返しがしたかった。
企業としてはあまり改革的なものは好まない。それは投資出来る費用が極めて少ないことや、何年も低迷を続けている不況もその理由のひとつだ。企業もそれを十二分に分かっているからこそ、僕の案は一定以上の結果を得られた。
「柳瀬、ちょっといいか?」
デスクに戻った僕に、部長が声をかけた。「はい」と、部長の目を見ながら答える。
「どうせお前の事だから、メインディッシュを最後にもってきたってところだろう?」
「いえいえ」
頭を指先でポリポリと掻き、苦笑いをする。
「社としては休暇は与えられないが、有給は許可しよう。何日欲しい?」
「3日あれば充分ですが、現状としては3日も休むと営業が間に合わないので・・・」
「なら3日だな。大事なお得意様に関してはお前に頼む事になるが、そうでない所は淵崎に回すさ」
げえっ、と斜め前のデスクに座っている淵崎が露骨に嫌そうな顔をした。
「助かります。それでは3日でお願い致します」
大丈夫と言うように、僕は淵崎に向けてサインを送った。彼はしばらく戸惑ったが、やがて何を考えたのか、素直に納得した様子だった。

「もしもし、光太郎叔父さん?」
就業時間が過ぎ、社員が吐き出されるように入口から続々と帰宅を始める。
その中で一番先に飛び出したのは僕だった。
今日は金曜日なので、思い切って呑めるだろう。既に淵崎と呑む約束は取り付けてある。
しかし、呑みに行く前にやらなければならない事があった。
スーツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかける。
『ああ、弘喜か。急にどうしたんだい』
「実はね・・・」
叔父にはこの事をどうしても先に伝えておきたかった。今回の宝飾市がいつもと事情が違うこと、有給が取れたので手伝いに行けること、僕は時間をかけながらゆっくりと説明をした。
by aoi_samurai | 2011-02-27 13:32 | 小説・物語

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